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神戸地方裁判所姫路支部 昭和34年(わ)259号 判決

被告人 高田茂夫

大一五・一・九生 農業手伝

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

但し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人を右執行猶予の期間中保護観察に付する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、昭和三十三年八月初頃から姫路市飾磨区袋尻三十二番地東山武利方に雇われ、同家に住み込んで農業の手伝等をしていた者であるが、生来智能が低く仕事がはかどらない等のことから武利夫婦や武利の弟らに馬鹿にされ、しばしば叱られたり時には殴られたりしていたので、かねて、家人に対し遺恨に思つていたところ、昭和三十四年六月十日午後十一時三十分頃小便に行こうとして寝床から起き出た際、ふと、自分に対するこれまでの家人の仕打や態度を思い起し、いつそ同家に火をつけて平素のうつ憤をはらそうと考え、武利夫婦ら同人の起居する同家母屋と棟続きで母屋と一体をなしている同家納屋(木造瓦葺中二階建、建面積約三十八平方メートル)において、その場にあつた藁二把にマツチ(証第一号)で点火し、これを右納屋出入口の東側壁ぎわに置いてあつた松小枝、藁束等在中の竹かごの中に入れ置き、右藁束等を介して納屋の柱等に燃え移るように仕掛けて放火し、よつて人の現住する右東山方家屋の一部である右納屋の柱一本を、根部より上方約四十八センチの範囲にわたり焼燬したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第百八条にあたるところ、所定刑中有期懲役刑を選択し、同法第六十六条、第七十一条、第六十八条第三号に従い酌量減軽をした刑期範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、諸般の情状に照し右刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二十五条第一項第一号を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、同法第二十五条ノ二第一項前段により右猶予の期間中被告人を保護観察に付し、訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用して被告人にはこれを負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の智能程度は十才位と認められるところ、刑法上十四才未満の者は刑事責任能力がないのであるから、右趣旨に従えば被告人も責任無能力者というべく本件行為は処罰できないというので考えるに、なる程鑑定人長尾茂作成の鑑定書によると被告人の智能指数は五十二であり、智能程度は十才位でいわゆる痴愚の程度とされているが、智能程度が精神障碍の有無を判断する一要素となることがあつても、これのみをもつて判断すべきものでないことはいうまでもない。刑法第四十一条において十四才未満の者を責任無能力者とした理由も、幼時にあつては身体の発育が十分でなく生活経験に乏しく、従つて精神の成熟も又十分でないのが一般であるから、行為者につき個々に精神の成熟度を測定することなく、画一的にその限界を定める方が便利且つ適切であるとの考慮に出たものであつて、智能程度が低いことを専らの理由とするものではないから、被告人の智能程度が十才程度であるとの一事を以ては、その刑事責任能力を否定することはできない。たとえ、智能程度が低くとも年令を重ね成長するに及んで社会生活上幾多の経験を経るに従つて是非善悪の弁別力及びこれに従う行為能力が育成されていくことも考えられるところである。前掲各証拠によると、被告人の本件犯行に至る動機原因に相当の理由があると認められ、犯行に至る経過を被告人は詳細に記憶供述し、且つ右はその他の証拠によつて認められる事実にも符合していること、火勢の強くなるのを見て悔悟し家人を起して自分も消火に協力し、なお家人を起す際、以前から体具合の悪い東山武利の母にこの事が知れてその精神的打撃により同女にもしものことがあつてはいけないとの配慮から、家人に対し同女に報せてくれるなと頼んでいること等の事実が認められるし、その他に被告人の考え方や行為に非合理的な点は見当らないから、結局被告人は、智能程度こそ低いが是非善悪の弁別力及びこれに従う行為能力に著しく欠けるところはなかつたと認めるのが相当である。従つて弁護人の右主張は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 福島尚武 藤野岩雄 西池季彦)

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